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代表 谷 富雄(たに とみお)詳細プロフィール

谷 富雄の、もう少し詳細なプロフィール

■「冒険!」と言って野山、公園で元気に遊びまわっていた幼少時代

どんな子供だったのかを両親に聞きました。

おねだりや、駄々をこねたりしない、
手のかからない子供だったそうです。

「冒険に行く!」
そう言ってお友達と公園や外に遊びに行き、
暗くなるまで帰って来ず、心配した両親たちが
「捜索願を出そうか。」
と話をしていたら
ケロッと帰って来ていたそうです。

そう言えば遊んで疲れ果て、
食事の際はご飯を口に入れたままよく眠っていました。

幼稚園から小学1年生まで住んでいた吹田市佐井寺では、
近所にあった小さな山に、
「基地を作ってくる!」
と言って暗くなってもまた帰って来ない(笑)

父親の田舎(岡山県)に遊びに行った際は、
遂に迷子になってしまい、
泣きながら歩いていたら大人の方に声を掛けていただき、
連れて帰って下さったおかげで、無事に帰って来ることができました。
(保護して下さった方、ご迷惑をお掛けしました。ありがとうございました!)

幼稚園時代の友達に、皆と遊ばないおとなしい弟がいて
その子のお母さんは心配していたそうです。

私(谷)がその子を外に遊びに連れて行くようになってから
次第にみんなとも遊ぶようになり、
そのお母さんは私(谷)に感謝していたよ、
と母親から聞きました。

■少年野球とファミコンに熱中した小学校時代

空港で勤務されている親が多かった為、転校の多い学校でした。
小学2年生から野球を始め、当時キャプテンだった友人が転校した為、
副キャプテンだった私が小学校5年からキャプテンになりました。

途中で肘をケガしたり、
多くのチームメイトが親の転勤のため途中で転校し、
卒業の頃には随分少なくなって寂しくなりましたが、
土曜日、日曜日を練習・試合をして過ごした日々、
共に汗や涙を流したチームメイトと過ごせたことは
今でも誇りに思っています。

大人になってからの日曜日、
その当時に野球の試合をした河川敷をランニングしていた時、
グラウンドでは20年前と同じように少年野球をしていました。

監督やコーチは父兄の方が中心だった為、
平日働いて休みの土日を僕たちの指導をしてくれていたのだ
と思うとその当時も感謝はしていましたが社会人になってから
その凄さ、ありがたみがより一層わかりました。
練習、試合の時に飲み物などを用意してくれた母親たちにも
感謝の気持ちでいっぱいです。

スーパーファミコンでファミスタやドラクエやストⅡ、FFに熱中。
少年ジャンプが大好きな内向的で空想好きの少年でした。

■読書と音楽に目覚めた中学校時代

中学でも引き続き野球部に入りました。
引退試合となった最後の試合で、
2打席連続レフトオーバーのスリーベースを打った事が
良い思い出になっています。

当日、仕事が休みだった父親がこっそり見に来てくれていて、
その場面を見てとても喜んだ、
というのを家に帰ってから聞き
親孝行が出来たように感じ嬉しかったです。

愛読していた少年ジャンプに連載されていた
「ろくでなしBLUES」などの影響を受け、
一時期、道を逸れそうになりますが、
元来真面目な性格、根性なしの為、
中学校2年生の冬からは一生懸命受験勉強に精を出しました。
秀才の友人達に助けられ高校も無事合格しました。

お年玉で「アイワ」製のコンポを買って、
XJAPANや尾崎豊を熱狂して聴いていました。
毎朝、尾崎豊の「卒業」を大音量で聴いていたので、
母はさぞかし迷惑だったと思います(笑)

この頃、友人のお姉さんが愛読していた
シドニィ・シェルダン「天使の自立」をたまたま借りて読み、
壮大なスケール、スリリングな展開、
魅力的な登場人物に大いにハマりました。
「ゲームの達人」「真夜中は別の顔」など既刊のもの、
新刊が出たらすかさず買って読みその世界に浸りました。
僕の小説好きはここから始まります。

小学生の時、近所の家に子供達が集まり週に1度、
絵本の読み聞かせをボランティアの方がしてくれたのが原点だと思います。
今でこそインターネットで検索すれば
情報や写真や動画や音楽がすぐに手に入りますが、
僕が高校生くらいまでは、本やテレビだけが外の世界との唯一の接点でしたし、
特に本を読んでその登場人物や情景を想像するのが好きでした。

■初めてのアルバイトを経験した高校時代

地元の公立高校に進学し、高校生活は自由なのかな、
と思ったら予想に反して中学校より不自由でした。
中学校は不良から秀才まで雑多な感じでしたが、
その高校はとても真面目な生徒が多く
相変わらず尾崎豊や本を読んで過ごしていました。

野球部のない高校でしたし、
高校生なったらバイトがしたいと思っていたので、
たまたま見つけた中華料理の出前の配達や、
春休みなどは引越しのアルバイトをしました。
そのお金で自室にエアコンを買いました。

大学受験をどうしようか考えていたところ、
当時は良い大学に入って一流企業に入る人生なんてまっぴらだ!(若いな~(恥))
と思っていました。

昔から絵を描くのが好きで、年賀状を手書きで書いていました。
「谷くんの年賀状が一番良かった。」
などの声を頂戴して嬉しかった体験もあり、
美大を受験することにしました。
美大受験専門の予備校にも通い、
デッサンなどを勉強して受験し無事に合格できました。

■理想と現実。挫折を味わった美術大学時代

窮屈だった高校時代も終わり、やっと服装も髪型も自由で
やりたいことができる大学生活が始まりました。

美大だったので、作品を提出する課題が多かったのですが
完璧主義者?の僕は、自分が納得できないものだと提出するのが嫌でした。
(だからといって徹夜で課題と格闘もしません汗)

提出物を出さない→学校に行きづらい→欠席・・・

という敵前逃亡を繰り返してしまったせいで、
ほとんど学校にも行かなくなってしまいました。

また、入学してから気づきましたが、絵を描くのが好き、
と言っても自分のレベルよりはるかに高い方々(しかも絵を描くのが大好き)
が集まっているので、その中でも孤立を深めていきました・・・。

結果、1年生の終わりには4年で卒業できないことが確定になり
更にやる気がなくなった僕は
「大学なんて行っているのがもったいない。社会に出て働こう」
勢いで2年生の時に中退してしまいました・・・。

これらの出来事があって今があるので、
中退自体に後悔はしていませんが、
他にやりたいことが決まっていたわけではなく、
ただやる気がないから、という理由で学校をやめてしまったことについては
親に心配をかけ(多額の入学金や授業料を出してくれたことにも)
申し訳ないことをしたと、この部分は後悔しています。

■働く事の喜び、厳しさ、仲間の大切さを知った、ホテル勤務時代

20歳でフリーターになり、とりあえず働こう、
と近所のローソンにフロムAやアンを買って仕事を探しました。
大学時代にカラオケボックスやラウンジでホールの仕事をしていた事もあり、
サービスの最高峰、ホテルで働くことを考え
求人に応募し配膳スタッフとして働くことになりました。

勤務場所はホテルの宴会場だったので、
宴席(披露宴、ディナー、立食パーティーetc…)の準備から始まり、
お客様が来られてからのサービス、パーティー終了後は後片付け、
次の宴席の準備までが一勤務となります。

優雅にサービスをする仕事を想像していましたが、
お客様の前に出ている時間よりも
それ以外の時間の方が圧倒的に長かったです。
その時間はテーブルを運んだり、椅子を運んだり、お皿を集めたり、
かなりの肉体労働でした。

予想したものとは違ったものの、
アルバイトとは言えホテルのような大きな組織で働けたのは
良い経験になりました。

ディレクター、マネージャー、アシスタントマネージャー、キャプテン、
常備(レギュラースタッフ)、ヘルプ(スポット勤務のスタッフ)
で構成されるヒエラルキーにも初めて触れました。

アルバイトだけで多忙日は100人以上が働く職場だった為、
様々な考え、価値観を持った方々と触れ合えたのも良かったと思います。

私は最年少に近い20歳だったせいもあり、
先輩方はとても可愛がって下さりました。
今にして思いますと、何でも元気に
「はい!やります!」と返事をしていたのが良かったのでしょう。

10月の多忙日に
モーニング娘のコンサートに行きたいので休みが欲しい、
休ませてくれたら年内休みはいらない、
そう申し出たところ、休みはいただけなかったのですが
早上がりをさせてくれました。

その後本当に12月26日まで65日休みがなく
(時給勤務だったので稼げて良かったですが(笑))
従業員食堂では「(連続勤務)何日目?」
そんな風に声を掛けられるのが挨拶のようになっていたのも
今となっては良い思い出です。

職人気質的な方も多く、非常に厳しい職場でしたが、
今にして思えばとても鍛えていただいたので感謝しています。
プレッシャーも大きく(僕のような下っ端が言うのは恥ずかしいですが汗)
辛くしんどい職場でしたが、
仕事が終わってからは毎晩のように飲みに連れて行って下さって
仕事の話を中心に盛り上がりました。

このホテルでの勤務が仕事での僕の原点です。
それから他の仕事をしても、あの時ほどしんどくはないな、
そう思えるのも良かったです。

やはり若いうちは
厳しい職場で鍛えられるのが良いのではないでしょうか。

■行政書士の試験勉強に励んだ時代

初めての仕事で新しい経験、充実感は感じていましたが
もっと直接人と関われる仕事がしたいと思うようになりました。
とはいえ、何も資格なども持っていませんので
ユーキャンや資格の予備校などでどんなものがあるのか調べました。

人の役に立ちたい、人に喜んで欲しい困っている人の力になりたい
というのが根底にあったため、法律系の資格に目が止まりました。
司法試験は受験資格が必要だったので受験資格が不要な
司法書士か行政書士が良さそうだと思いました。

司法書士は登記関係、行政書士は町の法律家というような表記だった為、
行政書士の資格取得を目指し勉強することにしました。

そこで勤めていたホテルを辞めて、受験勉強に専念しました。
予備校での授業と問題集を解く日々。一生懸命勉強し、
なんとか半年後の試験で合格することができました。

さぁ資格も取れたし、これからは行政書士として困った人を助けて生きていこう
希望を胸に就職先を探したところ、
そこで初めて行政書士はほとんど個人でされている方がほとんどで、
求人がほとんどないことを知りました汗

残された道は独立開業ですが、
業務経験はもちろん社会人経験も少ない21歳が
いきなり開業することは不可能に思えました。

受験勉強で貯金も底をつきかけていましたし、
とりあえず以前とは違うホテルで働きながら考える事にしました。

アルバイトに戻った私は、行政書士になる!という決意もどこかにいって、
すっかり日常に流されていました。

働いて給料をいただいて、飲みに行く日々。
その年の12月、大学生の友人たちは来年の4月から社会人になるんだなぁ、
そのように考えると特にホテルマンになりたいわけでも、
その仕事が好きというわけでもないのに、
このまま働き続けるのはどうかと考えました。

僕もどこかに就職しよう、
就職活動を始めることにしました。

ホテルには有料職業紹介所というところを通して
紹介していただいていたですが紹介所の担当者に
就職活動をする旨伝えたところ、
「今、本社で事務員の募集をしているのでウチへ来るか?」
と有難いことにお声掛けいただき、お世話になることになりました。
こんな何もできないアルバイトを拾ってくれるなんて
本当にありがたいことでした。

■初めての正社員勤務と、これからについて考えた時代

入社した会社は、人材紹介・派遣、レストランの経営や
イベントでの飲食店出店などを行っていました。

私は経理総務職として、60歳代の女性、30歳代の女性2名のもと、
電話応対、ワード、エクセルでの資料、書類作成アルバイトの給与計算、
請求書の発行等の管理業務に従事しました。

スーツを着て出社、決まった勤務時間、同じ顔ぶれでの仕事、
とホテルでのサービスの仕事とは全く違う仕事に戸惑いながらも
初めて自分の名刺を作っていただいたり、
取引先の方や銀行の方の来客があったりと
そこには新しい世界がありました。

それから数年経った頃、

このままでいいのだろうか、

このように考えるようになりました。

ほぼ定時で帰れる恵まれた環境でしたが
経理総務職ということもあり業務は毎月毎年同じ。
昇進しても仕事は同じでした。

慣れてくるにつれ仕事はこなせるようになるのですが
全然成長していない自分、易きに流されている自分を
認めないわけにはいきませんでした。

会社は家庭的な社風で、
仕事さえしていれば特に文句を言われることはありません。
定時で終わって、上司や友人とよく飲みに行きました。
家でもウィスキーを飲みながら村上春樹の小説などを読む日々。

これで良い、と思えたなら良かったのですが
全然成長していない、このままでは自分がダメになる、
焦燥感もありました。

この頃からビジネス書も読むようになりました。
読み終わった時は

「良いことが書いてあった!勉強になった!」

成長したような感覚があるのですが2、3日もすると元通り。

「こんなに勉強しているのに、どうして変わらないのだろう。」

当時は真剣に悩んでいました。
(本を読んでも行動しないと何も変わらない、今なら分かります)

転職しようと転職サイトに登録したりしたのですが
た転職してまで経理の仕事がしたいのか?
考えると、そうでもありませんでした。

この仕事は11年やった事もあり
やりきった、という想いと、もっと人様のお役に立ちたい、
人と関わりたい!そう考えるようになりました。

■人との出会いと主体的な行動が人生を変える、を実感した講演会主催の活動時代

そんな時、昔から購読していたメルマガの発行者のセミナーがあり
どんな人なんだろう、会ってみたいという興味本位でセミナーに参加しました。

ずっと読んでいたメルマガの発行者に会えた事、
セミナー内容も素晴らしかったのですが一番心に残っているのは、
参加されていた方たちとの出会いです。

会社員、経営者、両方の方がおられましたが
皆さん向上心が高くビジネスパーソンとしても優秀かつお人柄も良い
素晴らしい方々でした。

その方々の多くとは今でも連絡を取っていますが、その時に感じた
「この人たちとこれからも付き合っていきたい! そのためには成長したい!」
そう心が動いたことを覚えています。

この頃には
「いつか自分のビジネスを通して人様のお役に立ちたい。」
と思うようになりました。

ただ、
「何がしたいのかわからない。」
状態でした。

経営者の方にそのことをご相談すると
「外に出て、人に会いなさい。」
と言われ、当初はアドバイスに従って、人に会ってお茶や食事をしていたのですが
だんだん人に会うだけではだめだ、そう思うようになりました。

それを言ってみたところ

「講演会をしてみたらどうですか。
 人を集めてお金を頂戴して価値を提供する。
 これは商売の基本だし独立された際に役立ちますよ。」

「僕は人に提供できるような価値は持っていません。」

「でしたら講演会を主催したらどうですか。
 講師を呼んで、話してもらったらいいんですよ。」

全くやったことがありませんでしたが、
僕も講演会は好きでしたので、やってみることにしました。

講演会の主催などした事はなかったのですが
沢山の方にご協力をいただき、無事に開催することができました。

すると、参加者さんから
「勉強になった!今日はありがとう!」
などの嬉しいお言葉を頂戴し、
やってみて本当に良かったと思いました。

アドバイスを素直に行動に移して良かったです。

そして講演会の主催を続ける中で学んだ気づき自分が講師になり、
大阪、東京、熊本で講演会を開催しました。

社内でプレゼンさえしたことのなかった私が
講演会でお話をすることになろうとは思ってもみませんでしたが、
この体験は、
NOと言わず、とりあえずやってみる!
姿勢で、相手の事を考えて行動すれば新しい世界が拓ける
という経験ができました。

■結婚相談所を始める事を決意した出来事と理由

それから講演会の主催を続ける中で、何で独立しよう、
自分はどんな価値を提供したいのかを常に考えていました。

結局のところ、
私は人の役に立ちたい、人の応援をしたい、
私と会って人生がさらに良くなった、
そのように人に良い影響を与えて生きていきたい事に気づきました。

振り返ってみると、
今までに経験したサービスのお仕事は人に喜びと笑顔、
経理総務のお仕事は人のフォロー・縁の下の力持ち、
講演会の主催の活動は人に学びと出会いのきっかけ、
全て人の役に立つ事をしているのですが
もっと直接的に貢献したいと思うようになりました。

そんな時、小・中学生時代の友人5~6人とで会食した時のこと。
独身の女性が何名かいて、みんな口を揃えて
「結婚したいけど、出会いがない。」
そこで私が「出会いがないっていうけど、何かやっているの?」
そう聞いたところ、特にやっていない。

「出会いがないのなら、結婚相談所に登録してみたら?
 何か違った事をしないと、何も変わらないと思うよ。」

その場にいた女性達は
「結婚相談所はちょっと敷居が高い。」
「結婚相談所は最後の手段に取っておきたい。」
などと言っていました。

その中で一人だけがこう言いました。
「谷君の言う通りかも知れない。登録してみようかな。」

それから数ヶ月後、
その彼女から携帯電話に電話が掛かってきました。

「結婚相談所で知り合った人と結婚する事になった。
 あの食事会で谷君が言ってくれたおかげです。ありがとう。」

そして彼女は結婚し、お子さんも生まれ幸せに暮らしています。
家族の写真を載せた年賀状を送ってくれました。

自分のアドバイスが人に勇気を与え実際に行動してくださり
そして成果(この場合は結婚)が出て、
感謝されるなんて何て素晴らしいんだろう!
この時の気持ちが職業にしようと決意した原点(理由)です。

私は結婚至上主義ではありませんし、
そもそも結婚願望も強い方ではありませんでした。

しかし、そんな私が自分の人生観や価値観を共有することができ
自分自身も、この人を幸せにしたい!
この人と共に協力して人生を歩んでいきたい
そう思える人と出会えた事から結婚を決意しプロポーズしました。
そして幸いにも受けていただくことができ、結婚することができました。
(結局、そういう人に今まで出会えてなかった、ということなんでしょうね)

結婚してまだ8ヶ月ですが毎日共に生活していると
楽しいこと、嬉しいことはもちろんですが
悲しいこと、苦しいこと相手に対してイライラすること、しんどいこと
良いこと、悪いこと、色々あります。

生活とは奥深いものだ、毎日が修行だと、
しみじみと味わい、噛みしめながら暮らしています。

しかしながら、
・二人で食卓を囲み、お酒と食事と会話を楽しんでいる時間
・休みの日、二人で朝の光の中、コーヒーを飲んでいる時間
・結婚する前のデートでは駅の改札で別れて寂しかったけれど
 今は一緒に暮らす家まで手を繋いで帰れる喜び
・二人でゴロゴロしている時間(笑)

一人では気づくことができなかった幸せに
二人になって気づくことができました。

結局、出来事そのものではなく
その出来事を自分がどう解釈するかが重要なんですね。

それが、そこにある幸せに気づけるかだと思います。

私が結婚生活をしている中で大切にしていることは3つです。

1.感謝の気持ちを日々、言葉と行動であらわす
2.大らかな気持ちで過ごす(完璧さを相手にも自分にも求めない)
3.コミュニケーションは密に(でも言い方、言う時は考える)

結婚生活は、決して薔薇色なことばかりではないかもしれません(笑)

でも、二人で育んでいく喜びがありますよ。

結婚して今より幸せになりたい、
真面目に真剣に生きているけれど不器用なあなたを、
全力で親身になってお手伝いいたします。

長い文章を最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

あなたにお会いできるのを、楽しみにしています!

谷 富雄

TEL 06-7492-9278 10:00~20:00

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